2020
04.08

『食の歴史』と国民を食らって生き延びる日本

BOOKS, ライフ, 文化・歴史

 

ヒトはヒトを食べてきた

それを正当化するための心理的な理由(愛ゆえだとかなんとか)は、しかしヒトならなおさら、そんなものは言い訳だとわかるはずで、なぜ理性をもって止めることができないのだろう。

危機的状況においてはともかく、生贄や人身供養など、目的が死なないためではなく、生きている人間がよりよく生きるためにほかの人間に生きることを強制的に止めさせるというのは利他主義の強要で、その歪んだ優越思想は中国共産党的思想に等しい。

「医食同源」という食餌療法が生まれた中国では、食人は未開な野蛮人ではなく、知的な文化人がすることだとされていた。

その歪んだ優越思想と利他主義の強要により、中国における「良心の囚人」からの臓器狩りは、いまや数十憶ドル規模のビジネスとなっている。

 

ヒトを食べ、他人から臓器を奪いとってまで彼らが望むのは「永遠の命」で、聖戦も生贄も食人もみな永遠の命のためだ。

神を信じるか否かを問わず、他者を傷つけ殺してまで彼らが求めているものは自分の永遠の命で、その永遠の命の追及が、将来、究極の食人をもたらすと『食の歴史 人類はこれまで何を食べてきたのか』はいっている。

 

 

 二一世紀という時代は、ヒトと動物の間の区別も減らしていくだろう。少なくとも原則上、人間の民族間の障壁が減り、やがては取り払われたのと同じように。残虐な扱いをする食肉処理場や家畜施設は次第に姿を消すだろう。その結果、動物が受ける苦痛の軽減、肉類の消費量の減少、ヴィーガニズム〔完全菜食主義〕が加速するのは間違いないだろう。

 人々が動物の人間らしさを認識するようになると、植物についても同様の動きが生じる。動物と同じく植物にも、人間に極めて近い行動様式や、利他主義に基づく非常に多くの振る舞いがあり、こうしたことが意識されるようになるだろう。これは人間の食に大きな影響をおよぼし、植物を食べるのを断念することさえ考える者も現れるはずだ。

 植物には、知性や意識を司る中枢器官はないが、植物の細胞はネットワークで機能し、電気的および化学的なシグナルによって情報を伝達し合う。よって、これがある種の知性として作用するのだ。

 実際に、植物同氏は、葉からはガスを排出し、根からは伝達物質を分泌し、これらの分子シグナルによってコミュニケーションをとる。古木はこうした過程を通じて新木を養う。

(中略)

 二〇一七年、デンマークのオーフス大学の調査によると、人間のものよりもかなり遅いが、樹木には脈拍さえあるのではないかという。また、意識、教官力、利他主義という精神さえ宿っているのかもしれない。

 植物の利他主義は、まずは同種の植物間で発達する。たとえば、植物を植木鉢に移すと、異なる種類の植物同氏では、互いを顧みずに自身の根を最大限に拡張しようとするが、同種の植物同士では、互いを顧みずに自身の根を最大限に拡張しようとするが、同種の植物同氏では、根の本数の増加は穏やかであり、妨害し合うことがないように地中では口上での成長を優先する。

(中略)

こうした植物の利他主義への認識が高まれば、遠い将来、植物を食べることに再考を促される日が訪れるのだろうか。そうなれば、われわれは生きものを口にできるのだろうか。合成食品だけを食べるようになるのか。そして動物の役割の一部は、ロボットによって代替されるようになるのだろうか。

(中略)

 めまいを引き起こす究極の未来像を示そう。幹細胞が、動物や植物、臓器や新たなタイプの生物を製造するために利用されるようになると、われわれヒトは究極のカニバリズムの形として、自分たちを食らうようになるだろう。永遠の命という幻想を抱き、死の静寂に包まれながら……。(p.290-293)


中国共産党的歪んだ優越意識による利他主義の強要は、日本でもみられる。

行政そのものが歪んだ優越意識による利他主義の強要の構造のうえに成り立っているし、公務員は都合のいいコマとして使われている。

それゆえ公務員のなかでの歪んだ優越意識による利他主義の強制が行われ、その結果、たとえば「森友事件」ではひとりの職員の命が奪われた。

武漢コロナウィルスの感染拡大を防ぐためといって外出自粛を要請しながら、国民がスムーズにそれに協力できるための支援はしない。

合理的な説明も具体的な助けも与えず、しかしいうことはすべて聞いて思い通りに動けというのは、ある場所ではパワハラといい、ある場所では無能というが、その無能なによるパワハラに従うことを美徳とする歪んだ感覚の人が、さらに歪んだ優越思想による利他主義を強制し、日本が変わることを阻んでいる。

 

そういう人たちは、いつか、他人を傷つけ殺してまで手に入れたい永遠の命を得るために、果たして自身を食らうようになるだろうか。

そうはならず、歪んだ優越意識による利他主義の強要がさらに歪んで強要をつよめるなら、食う人と食われる人が明確に分かれ、食餌としての国民が生まれることになるのではないか。

緊急事態宣言はだすが金はださず、国民の生活は保障しないという総理大臣と、その現状を美徳として受け入れつづける人たちをみると、日本が中国のようになる日が存外遠くないような気がしてめまいがする。

 

■参考図書

ジャック・アタリ著、林昌宏訳『食の歴史』プレジデント社、2020年

 

 

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