2020
02.18

『テレビに映る中国の97%は嘘である』といまなお続く日中記者交換協定の弊害、中国の実態が報道されないことの真の弊害

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「日中記者交換協定」は正式名称を「日中双方の新聞記者交換に関するメモ」といい、日中国交正常化前の日本と中国における記者の相互常駐に関する協定である。

1964年、「日中長期総合貿易に関する覚書」(LT協定)にて日中双方の新聞記者交換と貿易連絡所の相互設置に関する事項を取り決め、1968年の「日中覚書貿易会談コミュニケ」では、以下の「政治三原則と政治経済不可分の原則」に基づいて日中記者交換は維持されまま修正された。

 

①中国敵視政策をとらない
②「二つの中国」をつくる陰謀に参加しない
③中日両国の正常な関係の回復を妨げない

 

協定は、1972年日中国交正常化の結果1973年末に失効となったというが、国交正常化前の「日中双方の新聞記者交換に関するメモ」に変わる公文として「日中両国政府間の記者交換に関する交換公文」が新たに交わされた。

つまり国交正常化の前と後を問わず、上記①~③が有効なのである。

 

日本の大手メディアが中国の事実を報道しない現実は、報道する者が「中国に不利な報道はしない」というルールに従っているために起きている現象である。

彼らはルールを守っているのだ。

それは立派なことだ。

が、果たしてそれは報道といえるのだろうか。

中国はすでに内戦状態にあり、習近平は暗殺に備え住居を移しているという。

皇帝の暗殺は、すなわち革命(“天「命」が「革」まる”)であり、そのくり返しが中国の歴史である。

組織の内側にいるからこそできることがあると思うが、真実を報道できない組織の中で、報道者たちはどんな思いで日々を過ごしているのだろう。

 

世の中にはさまざまな価値観の人間が存在する。

新型コロナウィルスなど未知のことについて、過剰に危険を煽るのはよろしくない。

ならばなおさら、現実として存在する中国共産党の危険性を知らせないことも同じくらいよろしくないことではないか。

調査能力に欠けるなら、あるいはこの事態になって中国共産党について知る必要があると思わないなら、それは報道者とはいえない。

 

水俣病研究の第一人者として知られる医師の原田正純は、水俣病についてこう言い残している。

「たとえば、町を歩いていて、たまたま交通事故を目撃するじゃないですか。事故の当事者とは関係なくても、現場に居合わせた責任みたいなものを背負ってしまう。偶然でもね。…地元の大学にいて神経学を勉強していて、しかも、それを見ちゃった。あの状態を見て、何も感じないほうがおかしい。ふつうの人は何かを感じる。もう逃れられないんじゃないですか。それこそ見てしまった責任でね。」

見てしまった責任、は、でも医者や報道者にだけあるものではない。

たとえばアメリカや天皇の悪事を追究する調査能力をもつ報道者が、この期に及んで中国共産党の危険視しないなら、その人物は中国に偏った価値観の持ち主であるといえる。

そのうえ中国共産党的思想、つまり「天命を受けた世界の中心」の概念や、天命を受けた者への盲従、盲従しない人の極端な排除、親切心につけ込んだ個人財産の徴用を行っているなら、その人物の言動の根源となっている思想は呼び名こそどうあれ、社会主義的・中国共産党的思想であり、本人の自白と自覚の有無にかかわらず中国共産党の工作員に等しい。

 

中国共産党が善人の仮面をかぶって浸透工作を行う最終目標は天皇の処刑といわれ、天皇の処刑は命を奪わなくとも、天皇制が廃止になればそれは処刑されたに等しい。

日本でも天皇制の廃止を叫ぶ人たちがいるが、日本で中国の実態が報道されないことの弊害は、わたしたちの身の回りの中国共産党的思想をもつ危険人物をすぐに見抜けないことである。

日本政府はその愚鈍により、日本国民を新型コロナウィルスという未知のウィルス感染の危険にさらしているが、中国の実態を報道しない大手メディアはそれに等しい。

つまり日本人が知らないあいだに、かつ自主的に、中国共産党の日本乗っ取り計画に共謀するという取り返しのつかない危険に、その危険を知りながら敢えてさらしているのである。

 

 

■参考図書

小林史憲『テレビに映る中国の97%は嘘である』講談社、2014年

 

朝日新聞西部本社編『原田正純の遺言』岩波書店、2013年

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