2021
09.28

iPhone端末に搭載された中国版GPS「北斗」と中華式監視社会、日本国民の入れ替えを目論む自称日本人、憲法改正は自称日本人を日本人と区別するためのものを

エッセイ, 国際, 国内, 文化・歴史


華夷秩序

 

バルト3国のリトアニアの国防省は、22日、中国製スマートフォンにセキュリティー上の欠陥やデータ流出の恐れがあると警告し、公共機関や消費者に対し、不買、破棄するよう呼び掛けた。

リトアニアの国家サイバーセキュリティ―センターは、中国の通信機器大手・華為技術(ファーウェイ、Huawei)とIT・電子機器大手・小米科技(シャオミ、Xiaomi)の5G(第5世代移動通信システム)対応モデルを分析し、「サイバーセキュリティーリスク」を発見したと明らかにした。

Huaweiは、リトアニア以前から行われていたアメリカの中国機器排除の動きも受け、スマートフォン事業で4兆円規模の減収となったが、一方で、中国版GPSとも称される「北斗」衛星測位システムをスマホ端末などに搭載し、中華式監視社会を世界中に拡大しようとしている。

 

「北斗」システム(北斗衛星導航系統)は、中国国家航天局が主要機関となって中国が独自に開発している衛星測位システムで、2000年から始まった3段階の開発を経て、構成する衛星30基が全て所定の位置についたことで、2020年には世界中でサービスを提供できるようになった。

アメリカ合衆国が運用しているGPSが情報の送信のみで、使用する本人だけが自身の位置情報を知ることができるのに対し、「北斗」システムは情報の送受信が可能である。

発信機を搭載した端末から送られる信号によって、中国共産党が多くの個人の位置を把握することができるようになったのであって、中国共産党はこの「北斗」システムを、5GやAIと組み合わせてスマートフォンや自動運転への活用を進めている。

 

先日、佐川急便は中国製電動輸送機器(EV)7200台を導入することを発表したが、そのEVには当然「北斗」システムが搭載されているはずで、車載カメラ付きのEVでは、個人の自宅だけでなくGoogleマップに出てこない自衛隊の敷地内まで車載カメラで撮影することが可能となる。

中華式GPS「北斗」システム搭載の端末を日本国内で使用することは、日本の国家の安全を保障するうえで大きな妨害となる。

しかし、この「北斗」システムを使用するHuaweiと戦略的提携を結ぶ北京日本端子という会社と利益共同体にあるのが、このたびの自民党総裁選の候補のひとり河野太郎である。

中国における経済活動は、中国共産党と切り離しては成り立ちえないという前提を知っていれば、そして、アメリカのバイデン大統領とその息子のように、その人よりもその人の家族に利益を供与して間接的にその人のことを操る中国共産党の工作方法を知っていれば、いくら本人がその関係性を「問題ない」と主張したところで、父親が大株主であり弟が副社長を務めているという事実からは問題しか見えてこない。

河野太郎は、現時点でスパイと断じてもよいくらい危険な、そうでないなら中国の実情をまるで知らない純粋無垢な、というよりリスク管理がまるでできないアホであり、すなわち日本を守り日本人にとって重要なことを決めていく能力が著しく欠如していると言わざるを得ない。

 

その河野太郎を真の日本人であるかのように評価する人が少なくないことは不思議なことだが、彼の危機意識の欠如以前に問題なのは、アップル社のiPhoneは、2020年10月に発表されたiPhone12から「北斗」システムに対応したチップを搭載しているということだ。

すでに中華式監視社会は日本人のすぐそばまできている。

 

衛星とチップとアプリの三点がそろって初めて作動するため、いまのところアプリをダウンロードしなければ問題ないようだ。

けれど、錯誤によりアプリをダウンロードしないとは言い切れないし、動画で坂東氏が話されている通り、ダウンロードまでが誘導的だ。

今後「北斗」システムがデフォルトにならないとも言い切れない。

アプリをダウンロードした人だけでなく、善意の第三者の個人情報がいままさに洩れ出て中国共産党の手に渡っている可能性がある以上、日本もリトアニアのように、すぐにでもその端末の不買と破棄を促してもよいくらいの由々しき事態だ。

けれど、日本の重要なことを決める人たちが日本人ではなく、日本人になりすました自称日本人の中華に出自をもつのが現状である。

そのことに日本国民ひとりひとりが抗っていかない以上、日本人はいっそう監視され、奴隷化されて搾取され、「日本人」であることさえも奪われて、「日本人」がすり替えられて日本は中国の自治区になってしまう。

 

いくら便利な技術でも、多くの人を幸せにしそうなでも、実際に発明級のシステムであっても、中華式文化や価値観の持ち主によって運営されるなら、それは多くの人にとっての地獄を意味する。

むろん、新しいものにはよいものもたくさんあるし、現代を生きる人の生活や人生を快適にする。

生きるうえで快適であるというのはとても重要なことだけれど、日本など長い歴史をもつ国では、すなわち古いものが用済みで新しいものが快適であるということにもならない。

古いものを否定的にとらえ新しいものに飛びつくのは、浅はかで軽率な中華式文化や価値観の持ち主に見えるし、いくら道具やシステムが新しくなっても、価値観が相容れない人に生きるうえでの重要な決定権を握られていては、新しい地獄が訪れるだけだ。

だれでもインターネットで世界中の情報を共有できるようになったのは、たいへん便利で快適なことだけれど、そのぶん、日常的に取り入れる言説やシステムの背後にある中華式価値観を見抜く目をもつことも必要になった。

 

以前も書いたとおり、「北斗」は北極星を中心に周囲の星ぼしが回って見えることから「天命を受けた世界の中心たる天子」を表す中華思想の象徴の星である。

同心円状に人が集まることやそれを理想として象徴とするのはべつに悪いことではないけれど、平面では同心円状に回って見えるそれは、中華思想では、冒頭の図のように、横から見ると円錐上のピラミッド構造になっており、上から下へいくほど、またその円錐の外側など中央から遠ざかるほど(中華的)文明度が低いものと見なされ、野蛮なものとして動物のように扱われる、という華夷秩序が加わるのだ。

個人ひとりひとりを考える場合、「自分(たち)はすばらしい」と考えることそれ自体は間違いではないし、実際それは事実だ。あなたはすばらしい。

だから問題は、「自分はすばらしい」がすなわち「お前はすばらしくない」となる視野の狭さで、「自分はすばらしい」なら、おなじ理由で「あなたもすばらしい」し、「あの人もすばらしい」のだ。

でも、この世にはおなじようにすばらしい人が二人以上いては困る人たちがいる。

それが一神教で、世界に神は一柱しかおらず救い主が一人しか存在しないということに基づく好戦的な人たちによる争いは、「自分はすばらしい」「だから」「お前はすばらしくない」という中華思想による華夷秩序に基づいている。

中華思想は名前を変えたユダヤ教である儒教によるものだということから考えられるのは、東洋と西洋に関係なく歪んだ優越思想は、一神教そのものか、歪められて伝えられた一神教の弊害だ。

あるいは一神教そのものが歪んでいるということを知る過程を、いまわたしたちは生きているのかもしれない。

 

トランプ大統領は、在任中、経済的に貧しい中国が人並みにお金をもつようになれば、人並みの理性や人並みの道徳心や人並みの教養を備えて人並みに世界とつきあっていかれる国になると思い、中国の世界での台頭を支援した。

しかしふたを開けてみると中国は、人並みの理性も道徳心も教養ももつことはなかった。

むしろ、成金の傲慢さと下品さを前面に押し出して、世界をわが物顔で侵略し始めた。

すくなくとも日本では、本当のお金持ちは自分がお金を持っていることを他人にひけらかさない。

むしろ貧乏であるかのように振舞いさえして、お金を使うべきところと使わないべきところをきっちりと見極めて区別する。

もし日本を見て中国人もそうなれると考えたのなら、トランプ大統領は日本人を見くびっていたことになるが、アメリカも古い歴史をもたない国であることを考えると、日本人の独特さを想像しきれないのは仕方のないことだとは思う。

 

たとえば、のどが渇いているときの水は心からありがたく、こんなにおいしいものがないと思える。

世界にはその一杯の水を、自分で川から汲んでこなければならない人もいれば、欲しいと口にせずとも好みの水が出てくる人もいる。川が目の前にある人と何キロも歩かなければならない人もいる。

けれど、水でなければならない、というか、水がおいしい、と思える感じ方には、きっと技術の進歩や住む場所、お金持ちか貧乏人かによってたぶん大差はない。

水がおいしいといくら強烈に思っても、すなわち日常の生活において水以外の飲み物を一切摂らなくてもよいということにはならない。

しかし、水がおいしいのだから水以外を摂取するな、というのに似た究極の選択を迫る視野の狭さと浅慮が歪んだ一神教には感じられ、その唯物的な狭量がありていに表現されたのが、稼ぎの多寡で人を量り、「もっている」がすなわち「見せびらかす」に直結する中国人の性質だ。

何度も書いてきたことだけれど、過酷な運命のさなかに出会った一柱の神との経験が当事者たちにとって衝撃的で感動的だったことは理解ができる。

でもそれは先にたとえた水の感じ方のようなもので、だれかがとてもよいと感じていることや、ときに自身でもよいと感じる瞬間もあるけれど、だからといってそれにすっかり馴染んでしまうには、すくなくとも日本は豊かすぎるし、伝統的に馴染まないできた日本人のセンスと価値観を無視することはできない。

 

猿は道具を使えない。

中国はお金という道具をかき集めることはできても、その道具をうまく使うことができないことが証明された。

そして中国共産党が世界中からお金をかき集めてもうまく使うことができない現状は、道具を使えない猿によって人間世界が喰い荒らされているようなものだ。

監視社会と聞くとひたすら物騒なだけに思える。

でもその技術とシステムを逆手にとれば、日本(というより世界)で中華式価値観の持ち主を区別することが可能になるはずだ。

憲法改正もしかり。

自民党総裁選は、四候補全員が「安倍改憲案」を継承するそうだ。

改正箇所とその改正後が、ひどく儒教的で嫌な感じがした安倍案だったけれど、どうせ改正されるなら、逆手にとって、日本人が日本人のすばらしさをのびのびと発揮し、世界をリードしていかれるような憲法に変わることを願う。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。


ぶどう

にぎやかに咲いていた花も雨で落ち、ぶどうは潔さが増しています。 &n…