07.28
中国国内でみられる、被害者と加害者が逆転する共産主義の実例
共産主義社会において被害者と加害者が逆転する例が、わかりやすく示されている動画です。
(参照:https://twitter.com/mare_porter/status/1419171665121062913)
ドイツ公営放送ドイチェ・ベレのマティアス・ベーリンガー記者は24日、水害が発生した中国河南省鄭州市内で撮影していたところ怒った群衆に取り囲まれた。彼は自身のツイッターに11件のツイートを上げ当時の緊迫した状況を説明した。
彼はLAタイムズのアリス・スー特派員とともに被害が大きかったショッピングセンター周辺で取材をしていたところ、「2人の女性が近づき、1人は私にだれかと尋ねながら話しかけ、もう1人はそんな私の姿を撮影し意図を疑わせた」と伝えた。
続けて「その後大部分が中年に見える概ね10人の男が駆けつけ、自分たちの身分を明らかにすることもせず私に撮影は違法だと話した。私が聞き取れないふりをして現場を離れようとするとすぐに1人が道を防ぎ、そこで私も彼らの姿を撮り始めた」と付け加えた。
彼は「彼らは私にロビン・ブラントの写真を見せ、『あなたか?』で尋ね、私を押し退けて『悪い奴』『中国に泥を塗るな』で大声を出した。1人は私の携帯電話を奪ったりもした」と書いた。(中央日報より)
動画には、マティアス記者に対し、中年男性らが「彼は外国人だ」「悪口を言っている」「うち殺すべきだ」と一方的な口調で詰め寄り、携帯電話で動画を撮影している様子が映っている。
詰め寄って騒ぎ立てる中国人は、マティアス記者をBBCの記者ロビン・ブラントと人違いをしていたとのことで、この度の洪水について、ロビン氏が行った報道が断片的だという憤りが根底にあるようだ。
勘違いはだれにでもあることだし、思わず感情的になってしまうことだってあるだろう。万が一の時に備えて事実の記録を残しておこうとするのも理解できる。
しかし、外国人記者にむかって「悪口を言っている」「真実を報道しろ」と憤る中国人が、同じ口から「いいイメージを残せ」と、堂々と情報操作を促している現実からは、彼のいう「報道が断片的だ」という認識そのものが疑わしい。
実際、マティアス記者がこの動画を撮りはじめる前から、すでに中国人に異様な言動はみられたようだ。
記者に対し「身元を明かさずに撮影することは禁じられている」といって行く道を遮った女性は、反対に記者から何度も身元を問われているが、それには答えず、自身の身元を明かさないまま記者にカメラを向けている。
そのあと追いかけてきた仲間の男性は、いきなり記者の腕をつかむという乱暴な行為に及んでいる。
相手には身元を明かすことを求めるが、自分の身分は明かさない。
いいイメージを残すのでなければ悪口を言っているとみなす。
いいイメージを残さない人には暴力をふるってよい。
歪んだ優越主義である民族主義がこの短い動画からもよく伝わるが、マティアス記者がいうように、これが人違いでなかったならどうなっていたことかと思うと恐ろしい。
これは中国国内で起こったことだが、日本にもこういうことをする人はいる。
相手の不注意や言葉足らず、認識の違いを、悪意によるものだと決めつける人。
そういう人に悪者だというレッテルを貼って、ごく限られた空間で録られた音声や動画を不特定多数に公表する人。
個人的な情報を公表すると脅して頑として金を返さない人。
こういう人らと中国人に共通するのは、相手の名誉を棄損することがすなわち自分の名誉が保つことだと考えているようであることだ。
でも残念ながら、現実はそうではない。
相手の名誉を棄損することに熱心で「いいイメージ」を必要とし、捏造してまでそれを手に入れようとするのは、永遠に葬り去りたい超ド級の加害者である事実を抱えているからだ。
けれど、正直なところ、そんなことはうすうす皆感じ取っている。
実際なにをしたかまでさえ知っている人さえいる。
それでもあえて黙って、潔く自身から身を引くという日本人的な終わり方を用意しているのに、それが理解できないという時点ですでにお里が知れる。
そのうえ人が黙っていることにつけあがり、さらに好き勝手にふるまうなら、もう取り返しがつかなくなってから無様に引きずりおろされるしかないということだ。
共産主義に染まるということは、どう転んでも哀れなことだ。
■参考記事
中国の水害取材のドイツ記者が市民に取り囲まれる…「中国に泥を塗るな」
『ディープステート 世界を操るのは誰か』と共産主義をつくったユダヤ思想、彼らがもっとも破壊したい「和の民主主義」
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