娯楽としてのワインとボルジア家の毒薬

娯楽としてのワインとボルジア家の毒薬

    中世ヨーロッパでワインづくりを主導した修道院で、ビール造りも盛んになると、ワインは中世ヨーロッパ後期には日常の飲み物として広まりました。‭‬ 現在のような娯楽としての飲酒が発展したのはルネサンスの時代以降で、17世紀後半から、醸造技術や保存技術、瓶の製造技術がさらに向上すると、ワインの生産と流通は飛躍的に拡大しました。   ルネサンスは14世紀にイタリアで始ま […]
おかしい人

おかしい人

  世界はおかしくなっている。 いまに始まったことではないが、いま思うと、このおかしさはずいぶん前から始まっていた。   たとえば町の人。 もう10年以上前のことだ。繁華街の、人ひとりやっと通れる細い歩道を、他人A、わたし、他人Bの順で並んで自転車をこぐことになった。 他人ABはカップルで、わたしと面識はもちろんない。 うっかりカップルに割り込んでしまったのだ。 気づいたときに […]
風説の流布とインサイダー取引と有名ワイン6

風説の流布とインサイダー取引と有名ワイン6

    ボルドーの5大シャトーと並び、世界最高峰のワインとして知られるのがロマネ・コンティです。 ロマネ・コンティは、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティ(DRC)社が単独所有する畑とそこからつくられるワインの名前です。 畑はフランスのブルゴーニュ地域圏ヴォーヌ・ロマネ村にあり、ワインはアペラシオン・ドリジーヌ・コントロレ(AOCヴォーヌ・ロマネ)におけるグラン・クリュ(特級)に格 […]
風説の流布とインサイダー取引と有名ワイン5

風説の流布とインサイダー取引と有名ワイン5

  現在、ボルドーワイン「5大シャトー」のうち、2つがロスチャイルド家の所有です。 そのうち、シャトー・ムートン・ロートシルトは、1853年、ネイサン・ロスチャイルドの三男ナサニエルが購入したものです。 シャトー・ラフィット・ロートシルトは、1868年、マイヤー・ロスチャイルドの五男ジェームスが購入したものです。 1855年の格付けでは、ラフィットが1級、ムートンが2級を得ました。 &n […]
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修道院が沈黙する理由

修道院が沈黙する理由

  中世ヨーロッパで、ぶどう栽培とワイン醸造を主導したのはキリスト教の修道院でした。 イエス・キリストがワインを指して自分の血と称したことから、ワインはキリスト教の聖餐式において重要な道具となったのです。 シャンパーニュの生みの親ドン・ペリニョンはベネディクト派修道院の修道会士でしたが、この修道院が発展したのが、8世紀、カール大帝の時代です。 カール大帝はカロリング朝を開いたピピン3世( […]
風説の流布とインサイダー取引と有名ワイン4

風説の流布とインサイダー取引と有名ワイン4

  ナポレオン・ボナパルトは、「戦に勝った時こそ飲む価値があり、負けた時には飲む必要がある」という言葉を残すほどシャンパーニュを愛飲したといいます。 戦地に赴くたびに大量のボトルを必要としたので、シャンパンハウスは軍属として遠征先に赴いていたといいます。   シャンパーニュが現在の地位を得る契機となったのが「ウィーン会議」で、ウィーン会議は「ワーテルローの戦い」で敗れたナポレオ […]
壊れるとき

壊れるとき

    二階用の掃除機を買ったら、一階の掃除機が動かなくなった。 こういうことは、しょっちゅうではないがときどき起こる。 以前働いていた店では、おもての製氷機が壊れたら、裏の製氷機が壊れた。 おもてと裏というのは、建前と本音という意味ではなく、客席と厨房のこと。   あのときは製氷機だった。 製氷機は夏場には集中してつかった。 扉の開け閉めも頻繁になった。 開けたらま […]
とんだ勘違い

とんだ勘違い

  子どもの頃に憧れて、あるいは熱中してみたことで、でも続けられなくてやめたことがある。 そのとき、はとても熱中してそれをしたものだ。 けれど、ゆえあって続けなくなったことだ。 ゆえといってもかんたんで、大人になるにつれてしなければならなくなった勉強や仕事に、つかえる時間のほとんどすべてを占領されたからだ。   そのときは、でも自分でも納得してやめたことだ。 そうして、べつなこ […]
箱を開ける

箱を開ける

    ある日、玄関先に見慣れぬ箱があった。 非常食の小さな段ボール箱で、マジックで日付らしきものが書かれてあった。一見して我が家からでてきたものではないのがわかった。 夫とふたりで見つけ、お互いに憶えがなかったので、母がごみの日にだそうとして置いているものだと結論付けた。 捨てるものを入れるのにちょうどいい大きさの箱がたまたま非常食のそれで、スーパーかどこかでもらってきてそう […]