『そして安倍晋三は終わった』を書くにあたり、引用・参考にした文献・資料を紹介するコーナーのvol.9です。

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資本主義社会とは、すべての人間が自由で平等な資格を与えられ、私有財産が認められた社会である。

社会主義社会とは、生産手段の社会的共有・管理によって、平等な社会を実現しようとする社会である。

共産主義とは、経済面においての社会主義で、私有財産制を廃止して全財産を社会全体の共有にしようとする主義で、それが中国共産党である。

しかし共有した社会の全財産の使い道を決めるのは一部の共産党員であり、同族を重んじる儒教思想による共産党は、その党員が同族により占められることになる。

儒教の教えは民衆の個や自由を認めるものではなく、為政者が理想の政治を実現するための統治哲学である。

教え自体は聞こえがよく、納得がいくものが多いので、その教えに従って国家が運営されれば理想的な世になるだろうと想像するが、儒教では同族を重視するあまり、一族の誰かが殺されれば報復をするのが当然となる。

裏を返せば、報復されないためには相手の一族を皆殺しにする必要があることになる。
つまり中国共産党とは、共産党員一族が国民の財産を吸い上げて使い道を決め、その利権を失わないための殺人を正当化する、ブラック企業というよりマフィアといえるような集団である。

 

日本は資本主義の国である。

つまり、すべての人間が自由で平等な資格を与えられ私有財産が認められている国のはずである。

すべての人間が平等なはずなのに、ではなぜ、自動車事で人を殺してもしばらくのあいだ逮捕されなかった人がいるのだろう。

あるいは、法人税率が引き下げられ、その減税分が消費税の増税で補われ、自営業や中小企業ほどその弊害を被る不平等な仕組みになっているのだろう。

とりわけ第2次安倍政権以降、「お金持ちがさらにお金持ちになる」という政策がとられ、サラリーマンや中小企業・自営業者は自由を失いつづけているのだろう。

 

かつて中国を崇めた朝鮮王朝は、「小中華思想」と「事大主義」で、自身はミニ中国として中国に従い、その力を盾に弱いものいじめをすることを国是とした。

その朝鮮王朝には、「両班」という支配階級がいた。

両班の支配体制について、イザベラ・バードは『朝鮮紀行』で、「朝鮮には階級がふたつしかない。盗む側と盗まれる側である。両班から登用された官僚階級は公認の吸血鬼であり、人口の5分の4をゆうに占める下人は文字通り「下の人間」で、吸血鬼に血を提供することをその存在理由とする。」といっている。

職位は商品として売買され、官吏になれば公金で居候たちを養っていけるため党争は官職と金銭とを自由に采配できる地位の争奪戦であり、朝鮮王朝の政府は巨大な強盗と化していた。

 

現在の日本の実体と政府による政策は、かつての朝鮮王朝を彷彿とさせるほど不公平で不自由であるが、その日本を、いまから約20年も前に「資本主義の仮面をつけた社会主義国」と表現した人がいる。

石井紘基元衆議院議員である。

石井紘基は、『日本が自滅する日「官制経済体制」が国民のお金を食い尽くす!』で、こんんにちの日本が直面している経済、財政、社会の危機の原因は、「官制経済」のシステムだといっている。

同書によれば、官制経済とは利権を本質とする。

利権体制が形成される要素(①政策、②法律、③会計、④組織)が、すべて各省庁の縄張り(所管)となり、それぞれに連なる政治家がおり、政治的「力関係(政治力)」によって機能する。

これが日本の官制経済のトータルシステムで、この周到に編みあげた官制経済体制のシステムの下に、政治家たちが笛を吹き「景気対策は税金をバラ撒くもの」「経済は政府の政策と予算で支えるもの」との“原理主義”を普及させ、学者も評論家もマスコミも、経済人といわれる人々までが、こぞって集権的意識構造の下に振舞っている。

特殊法人など、政府の事業のほとんどが税収以外が財源である特別会計で賄われ、その仕組みは複雑怪奇になっていて、財務大臣でさえ総額がわからない。

特殊法人の下には3000社ほど子会社があり、30兆円以上が流れているが、それらは役人の天下り先として用意された事業であり、特殊法人から降りてきたお金から利益を抜いて仕事は民間の会社に丸投げする。

つまり市場として機能しておらず、ピンハネするためにつくられた子会社が3000社あるために、日本のGDPの6割が天下り役人に吸い取られ、まともな経済は4割しかない。

その特別会計の財源も、借金以外では国民の生活に必要な公共料金(電気代、ガス代、水道代)に上乗せされ、国民が強制的に負担させられている。

 

日本は、経済的価値を創出する“市場”は死亡状態となっている。

もはや回復不能の、借金が借金を呼ぶ財政破綻構造に陥っているが、その瀕死の、あるいはありもしない市場に、国と地方を合わせて国民の税金と貯金、年金、保険積立金など約400兆円を上から流し込んで消費する、それを日本政府は「経済」と呼んでいるのである。

したがって、いまなさなければならない真の構造改革とは、経済を権力の侵蝕から解放し、家体制そのものを官制経済から市場経済に移行させることであり、市場から権力の足かせを取り払うことだ。

 

李氏朝鮮500年の停滞の責任は、すべて両班にあると言っても過言ではなかった。

それほどに、支配階級の両班は公認の吸血鬼と、朝鮮王朝の政府は巨大な強盗と化していた。

しかし、石井紘基が2002年に警鐘を鳴らした時すでに、日本政府は朝鮮王朝の政府と同様にすでにすっかり巨大な強盗と化していた。

石井紘基は「官制企業」の利権を、国民から吸い上げた金を「逆マネーロンダリング」している「特別会計」闇を追究し、「時の政権がひっくり返る」ほどのスキャンダルを突き止めたが、予定されていた10月28日の国会質問を前に自宅前で暗殺された。

ひっくり返るはずだった「時の政権」とは小泉純一郎内閣で、小泉純一郎は言葉の上では「構造改革」を進めた。

しかしその中身は、自分とその取り巻き裁ちに新たな利権をつくっただけで、市場に対する政府の在り方を変えるものではなかった。

そして労働者の雇用ルールを破壊し、日本に格差と貧困をもたらした。

稼ぎの6割が天下り役人に吸い取られる利権経済を経済と呼ぶ日本は、資本主義国ではなく、資本主義の仮面をかぶった「官制社会主義国家」なのである。

 

巨大な強盗を「経済」だと言い張る日本政府の嘘は、国民がコツコツ収めた税金をざぶざぶ利権に流し込むことが「経済」であるかのようなイメージをマスコミを使って浸透させ、現在も続いている。

吸血鬼に血を吸われていることも、自身の財産を強奪されていることも気づかない日本人。

その真実を知ろうとしない無関心と無知に甘んじる姿勢の累積が、日本を滅ぼす。

 

■引用・参考文献・資料
石井紘基『日本が自滅する日「官制経済体制」が国民のお金を食い尽くす!』PHP研究所、2015年(初版は2002年)

イザベラバード著、時岡敬子訳『朝鮮紀行〜英国婦人の見た李朝末期』講談社学術文庫、1998年