2019
07.16

運転できるということ

エッセイ

自動車の運転もできる。

泳ぐことのように、以前できなくて、いまできることのひとつ。

免許はもっていた。でも10年以上ペーパードライバーだった。

ペーパードライバーになったのは、免許を取ったのが都会で、取ったはいいが車を運転する機会がなかったからだ。

 

長く住んでいた街は、まっすぐに伸びるほそい道が多かった。

だから断然、自転車の方が融通が利いた。

よくいくコンビニもスーパーも本屋も、たまにいくカフェもバーもデパートも、あの街では自転車があれば、生きていくのに必要なだいたいのところに行くことができた。

気に入って長く乗った自転車は、変速機能のない、むかしの映画にでてくる新聞配達員が乗るようなやつだった。

ハンドルとサドルがほとんど同じ高さにあり、それらをつなぐように棒が通っているので、後ろから脚を回してまたがった。

上体が前に傾くので顔が前に突きでて、風を切って走っている感じになって爽快だった。

警音器の音が、チリンチリン、でも、チャリンチャリン、でもなく、カンコーン、で、めったに鳴らすことはないのだが、鳴らすたびに、いい音だ、と内心しみじみ聞き入った。

ぶつけたり転ばせたり、そのほかいろいろあってあちこちへこみ、よくパンクしたけれど、直せるところは直して乗った。

決まった毎日の中で、その気になればすぐに遠くに行かれる手段としての自転車は、とても頼もしかった。

 

田舎に帰ることになったときも、だから持ってかえってきた。

住む場所が変わっても自動車を運転できるようにはならないと思ってこともあるが、だからなおさら、唯一、わたしの世界を広げてくれる存在としての自転車を置いてくることはできなかった。

自転車があればなんとかなると思った。

自転車があってもなんともならないなら、なんとかなる範囲で生きていけばいい、と。

とはいえ、田舎は急な坂道が多い。

そして行きたい場所、行く必要のある場所が遠い。

最寄りのスーパーまで約3キロメートル、は、買い物ひとつするにも一大事だということだ。

バスに乗ろうにも一時間に一本あるかないか。

かつてしょっちゅうしていた、本屋にふらりと入って立ち読みする、というのは、ずいぶん特別なことだったのだと知った。

 

乗られなくなった自転車は、蔵の奥に追いやられ、やがてわたしは自動車を得た。

教習所に通って運転することを思いだし、マニュアルで坂道発進もできた。

必要に迫られたからとはいえ、大型特殊の免許と操作資格も取った。

人は、その気になればなんでもできとほんとうに思う。

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