2019
07.14

泳げるということ

エッセイ

わたしは泳げる。

だからなんだという人もいるだろうけれど、わたしはずっと泳げなかった。

だから泳げることにあこがれた。

そして泳げるようになった。

だからとてもうれしい。

クロールと平泳ぎで泳げる。

平泳ぎの方が息継ぎが楽にできるので、クロールよりも長い時間泳いでいられる。

地に足がついていなくても転ばず、つかめない水を蹴ると前に進む、ということは、泳げるようになる前には、頭ではわかっていても実際に自分がそれをできるとは思えなかった。

でもできるようになった。

 

かつて、水がこわかった。

泳げると世界はもっとちがって見えるのだろうと思っていたが、水がこわいので、わたしが泳げるようになることはできないと思っていた。

言葉の通じない国を歩くのと、水の中を泳ぐのは似ている。

だから、世界をゆうゆうと歩きまわる人たちは、きっとみんな泳げる人たちなのだと思っていた。

わたしとはちがう人たちで、わたしが世界にでていかれないのは泳げないせいだ、と。

 

ところで、なぜわたしは水がこわいのだろうと考えた。

水でこわい思いをしたことがあるのかと思ったが、いくら記憶の糸をたぐってもそんな思い出は引き当てられない。

思いだしたのは、おそらく小学生になる前、両親と三人で行った海のことだ。

川と海が合流するところにキャンプにいった。

わたしは川で小魚を獲っていて、巨大なフォークのような銛を、ほとんどあてずっぽうで石の裏に突き刺すと、ときどき銛の先に魚がついてくるのでおもしろがって獲った。

その足で海の方にも行った。

でも、海の水は、暗くて、先がみえなくて、こわかった。

引きずり込まれる感じがあった。

あのときの自分が泳ぎ方を知っていたのか知らなかったのかは憶えていないけれど、とても入れないと思った。

それで、波打ち際、かろうじて波に触れるところで、ずっと砂を触っていた。

 

夜は、砂浜にテントを張って眠った。

といっても眠っていたのは両親だけで、わたしはずっと眠れなかった。

真っ暗な中で、すぐそこで聞こえる波の音が耳障りだった。どんどん音が大きくなり、近づいているようにも聞こえた。

逃げなきゃ、このままではテントごと波にのまれて死んでしまう、と思うと眠ってなどいられなかったが、不安になってからだの向きを変えると、寝袋の擦れる音に父が不機嫌そうに唸った。

それで、もうあきらめるしかないと思った。

翌朝目が覚め、テントからでると、海はむこうにいて、父も母もそばにいた。

なにをあきらめたのかは自分でもよくわからないのだが、あきらめた自分にがっかりした。

川も海も水面はきらきらして、父も母もご機嫌そうにしていたが、わたしは寝不足で、まぶしくて、ちっともたのしくなかった。

 

水と不快な思い出がへんなふうに合わさって、「水がこわい」になっていただけではないか。

つまり、わたしの思い込みではないか、と思ったとき、「わたしは泳げない」という確固たる自信(という言い方が適切かはわからないけれど、そういう強い思い)は崩れた。

それで思った。わたしも泳げるのではないか。いや、泳げるようになりたい。ずっと泳げるようになりたいと思っていたのは、ほんとうに泳げるようになれるからではないか、と。

 

うれしいのは、だから正確には、「泳げること」そのことより、「泳げるようになったこと」だ。

できなかったことができるようになったこと。

まちがった思い込みを覆せたこと。

努力が実れば、人はすこし、でも必ず強くなる。

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