2020
03.23

アクセス数ゼロの怪

エッセイ

 

ブログの閲覧者数がついにゼロになった。

もともと多くの人にみられていたわけではない。

とはいえ開始直後からゼロではなかった。

見ず知らずのだれかが見ず知らずの人が書いたものを読んでいる、という単純な事実に毎度感動してきたが、変化は突然起きた。

「欧州の武漢」になった北部イタリアと、イタリアからグランデ・ウッフィチャーレを授与された創価学会会長・池田大作、北海道でアイヌ新法を推進した公明党、中国人による北海道の土地買収を後押しする自民党幹事長」を書いた翌日15日、ものすごくアクセス数が増え、その翌日からがくんと減り、21日の表示数は1、22日は0だった。

まさか、とは思うのだが、心のどこかで、やっぱり、とも思うのだった。

 

やっぱり。

この「やっぱり」という感じは、でも初めて出会うものではない。

たとえばむかし、まだ小学生にあがる前。

お正月に親せきがあつまって坊主めくりをしたとき、あんなにたくさん集まって、いのいちばんにわたしが坊主をひいた、あの「やっぱり」に似ている。

あるいは犬。

汲み取り式便所に落ちた子犬を、家族総出で救いだし、何度も何度も洗われて乾かされた子犬を、まだ匂いがするからしばらく触ってはだめと親に禁じられていたのに、再会の感動と安堵のあまり犬を撫でて鼻をうずめたら、数日たっても鼻の奥から強烈な匂いが放たれていたとき。

または桑の実。

田んぼの脇に生えている桑の実を、春には収穫してジャムにでもしようと計画し、しかしうっかりして時が過ぎ、またことしも収穫しそびれたということを、晩夏、車の屋根にべったりとついているいかにも桑の実とわかる鳥の糞で思いだすとき。

 

初めての、なつかしい、アクセス数ゼロ。

折れ線グラフの統計情報はゼロだけれど、よく見るともうひとつある棒グラフのほうは、日ごとたけのこのせいくらべのようににょきにょきと並んでいる。

そのたけのこによると、「vol.6『なぜ食べ続けてきたのか!?「食人文化」で読み解く中国人の正体』と中国・武漢で相次ぐ原因不明の肺炎」がもっとも読まれていること、意外にも「修道院が沈黙する理由」も読まれていること、人気検索ワードが「陳薇少将」であることが示されている。

そしてふと、裏の畑のたけのこが頭をよぎる。

そうだ、たけのこ。

たけのこもはやいうちに掘ってちゃんと食べよう。

去年のように竹の葉が、歌舞伎のかつらの獅子の頭のようになってようやく思いだしたなんてことにならないように。

 

折れ線グラフのほうはWordPress Popular Postsというプラグインのようで、インターネットで調べると、おなじような不具合に見舞われている人がけっこういるものだ。

みなさん解決したりしなかったりしているけれど、こうして書いてくれたものを読むことができなかったら、わたしは絶望してすでにとっくに書くことを諦めていたにちがいない。

なんとも頼もしい世の中になった。

わたしが書いていることごとも、いつかだれかを助けたりするだろうか。

 

そんなことを考えながらいくつかの手段を試すうちに、それまででこぼこしていた折れ線グラフも、潔くすべて真っ平になってしまったのだった。

ああ、やっぱり。

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